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トヨタ:センチュリー中古車情報!カタログ・在庫


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 トヨタ:センチュリーの概要♪


初代(1967年〜1997年)VG2# 3# 4#
世界の豪華車に匹敵するプレステージサルーンを目標にして開発(トヨタ博物館による解説)され、1967年11月に発売された。以後細部の改良を受けながらも、1997年まで30年間に渡ってモデルチェンジなしで生産される希有な記録を作った。

1964年には、トヨタ自動車の最上級車であった「クラウン」の車体を拡大するとともに、V型8気筒(エンジン形式はV型)2600ccエンジンを搭載した「クラウンエイト」が開発されていたが、クラウンの構造拡大型に過ぎなかった「エイト」と異なり、センチュリーは全面的な新設計により開発された。

想定する市場としては「エイト」に続き、従来アメリカ製高級車によって占められていた日本国内のVIP向けショーファー・ドリブン用途への本格的参入を狙ったものである。

4ドアセダン一種のみのボディは、「伝統的な日本」を感じさせるテイストを持ち、重厚で保守的だがある意味極めて個性的なデザインである。登場当初は当時の日本車としては珍しい長矩形の異形ヘッドライトを備えていた。

当時の日本製乗用車としては高いレベルの居住性と静粛性を実現しており、また、1.7トンを超える重量にも関わらず、170km/hまでの到達が可能だった(当初のカタログデータ。以後エンジン排気量拡大などが為されたが、1970年代以降日本国内で自動車メーカーが生産車の最高速度を公表しなくなったため、以後の最高速度は不明である)。

V型8気筒の後輪駆動車で、エンジンは3V型OHV・3000ccエンジンから始まり、その後排出ガス対策等で3400cc(4V-U型、4V-EU型)、4000cc(5V-EU型)まで排気量拡大がなされた。

また、(当時の)トヨタ車としては異例に凝ったメカニズムを採用しており、それらは通常のコイルスプリングに換えてエアチャンバーを用いたフロントサスペンション(アーム配置はトレーリングアーム)や、ギアボックスをスカットル上部に置き、リンケージの大半をエンジン上部に配置したステアリング系(ナックルアームはストラットタワーの頂部に配置)に代表される。これらは、当時の日本車はもとより欧米車でもあまり例が無く、登場から40年以上経た現在の眼で見ても極めてユニークで、興味深いものである。

しかし、複雑なメカニズムが実際の走行性能の向上にどれほどの役割を果たしたかはやや疑問な面もあり、メーカーとしても机上のスペックよりも現実の実用性能を重視するという考え方のもと、1982年の大規模なマイナーチェンジの際に、より一般的な方式に変えられたものも多い(前述のフロントサスペンションや、ステアリング系も一般的な方式に改められた)。その結果、実質的な実用性能は向上したものの、純技術的にはやや後退した感は否めない。

VG20型は、自動変速機装備が常識化していたアメリカ製大型車に対抗するため、当初からオートマチックトランスミッションが標準だったが、初期には手動変速機の4速フロアシフト車も設定されていた。イメージには不似合いであったことやオートマチック車の需要が高かったことから、マイナーチェンジ(VG21型へ移行時)には廃止されている。

  • 1973年4月 マイナーチェンジでVG21型へ変更された。昭和48年排出ガス規制適合と同時に総排気量が3400ccの4V型へ変更。テールランプのデザイン変更と同時にウインカーのアンバー色追加。フロントディスクブレーキ追加。電磁式ドアロックの廃止。
  • 1975年6月 昭和50年排出ガス規制適合。マニュアルトランスミッション車が廃止される。
  • 1977年1月 昭和51年排出ガス規制適合で型式をC-VG30型へ変更。
  • 1978年11月 昭和53年排出ガス規制適合で型式をE-VG35型へ変更。ホイールキャップのデザイン変更。
  • 1982年 大規模なマイナーチェンジ。エンジンが3400ccの4V-EU型に代わり、4000ccの5V-EU型となり、前述の通り各部の特異な機構がより一般的な機構に改められた。また、発売以来、大幅な変更が無かった内外装が変更され、外装では、ヘッドライト、フロントグリル、テールライト、バンパーなどが変更された。この変更により、確かに新しい印象になりはしたが、(特に)フロントグリルやヘッドライト周りは少々安っぽい意匠になり、ボディデザインの一体感はやや損なわれた感がある。一方、内装では、オートエアコンの採用、ラジオの電子チューナー化、各種スイッチの日本語表記化などが行われた。
  • 1985年8月 EタイプにTEMSが採用される。
  • 1987年 一部改良。デジタルメーターの採用と内外装の変更。ATを3速から4速型の電子制御式に変更。フロアシフト車復活。
  • 1990年9月 一部改良。ホイールベースを150mm延長したロングボディのLタイプ追加。(型式はVG45)
  • 1992年12月 一部改良。フロントグリル、ホイールのデザイン変更。後席VIPシート、サイドドアビーム、LEDハイマウントストップランプ、運転席エアバッグを全車標準装備。
  • 1994年12月 一部改良。エアコンカットシステムの採用。車載電話用アンテナをバックウインドウ内蔵タイプに変更。

このモデルは極めて長期に渡って生産されたことから、やはり長期生産されたプレジデントと並び、中古車市場では法人ワンオーナーで程度の良い車が比較的安価に流通している。

クラシカルなイメージが強い外観デザイン、アメリカ車並に大柄なボディサイズ、いわゆる「ベンコラ」(ベンチシートにコラムシフトの組み合わせ)が受け、ローライダー、あるいはVIPカーのベース車として若者にも人気がある。特にベンコラ車はクラウン同様にやや高く取引されている。


2代目(1997年-) GZG5#
1997年、異例の長期生産が続いた初代から30年ぶりにモデルチェンジが行われ、2代目モデルに移行した。

最新のメカニズムを満載したハイテクノロジーの権化のような自動車でありながら、車体デザインは1967年以来の初代モデルのデザインをほとんど踏襲し、遠目には初代モデル末期型と区別を付けにくい外観となった。また、リムジンの設定がなくなった。

日本製市販乗用車としては史上初にして唯一のV型12気筒DOHCエンジンを搭載した後輪駆動車である。4カムOHC(片バンクあたりDOHC機構)の5000cc・280psで、基本構造はトヨタ自動車で長い実績のある既存の直列6気筒エンジン(JZエンジン)をベースにしている。エンジンの形式名は、1GZ-FE型であり、片バンクの6気筒にトラブルが生じても、残りの6気筒が機能して走行できるようになっている。その他の走行機器の多くにバックアップのための2重系統化が施されている。

内装に使われている木目パネルには職人が一つ一つ丹念に手で作り上げたものが使われるなど、高度な素材・技術が使われている。また、ボディーカラー名には「神威」(かむい)、「摩周」(ましゅう)、「瑞雲」(ずいうん)、「鸞鳳」(らんぽう)、「精華」(せいか)と、おおよそ他の車種では使用されないような名前が使われている。車の性格からオーナードライバーが自ら運転するケースは多くないものの、ショーファードリブン時とオーナードリブン時とで走行性能を切り替える機能もある。

初代モデルは末期まで全車フェンダーミラーで、ドアミラーを選択することができなかったが、この代よりオプション設定でドアミラーを選択できるようになった。

  • 1997年4月 フルモデルチェンジ。
  • 2000年4月 一部改良。
  • 2001年5月 一部改良。
  • 2003年1月 官公庁での使用を見込んで圧縮天然ガス(CNG)仕様車を追加。しかし、四国のように都市ガスの天然ガス化が遅れている地域が少なくない上、ベースモデルよりも約300万円高いため、導入拡大にまでは至らず、2005年の一部改良時には消滅した。CNG仕様車のエンジンは1GZ-FNEで、出力は258psとやや下がっている。また、識別のためフロントドア横に「CNG」の文字が入っている。
  • 2005年1月 一部改良。ATが6速化され(フロアシフトはシーケンシャルシフトマチックとなる)、平成17年排出ガス75%低減でSU-LEVの認定と平成22年燃費基準を達成した。また、デュアルEMVが標準装備になった。この時後席ビデオデッキに代わり、DVDプレーヤーが標準になっている。
  • 2006年1月 一部改良。テールランプ/ブレーキランプにLEDを採用した。
  • 2007年10月 第40回東京モーターショーにセンチュリーの製造元である関東自動車工業が専用フロントグリル、内装にウールを使用するなど、より高級化を図った「プレミアムセンチュリー」を出品。
  • 2008年1月 一部改良。ディスチャージ付(ロービームのみ)マルチリフレクターヘッドランプと地上デジタルテレビチューナーを標準装備した。それに伴いフォグランプがバンパーに移動し、コーナリングランプが廃止された。
参照 : フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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