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三菱:ギャラン中古車情報!カタログ・在庫


中古車情報

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 三菱:ギャランの概要♪


初代(1969年-1973年)
  • 1969年、「コルトギャラン」の名で発売。「コルトギャラン」は、従来のコルト1200/1500とは全く異なるコンセプトの新しい4ドアセダンとして1969年12月にデビューし、「ギャラン」というサブネームが初めて与えられた。当時としては流行の先端をいく“ダイナウェッジライン”を採用した斬新なスタイルが評判を呼び、大ヒットとなった。1300ccSOHCエンジン(4G30)を積んだAIシリーズと1500ccSOHCエンジン(4G31)のAIIシリーズの2本立が基本で、それぞれ4車種、3車種、合計7車種のバリエーションで構成された。スペシャルティーカーのギャランGTOは1970年発売。
  • 1970年5月 2ドアハードトップ追加。1500ccのAIIシリーズに設定されカスタム/カスタムL/GSの3グレード。カスタムLにはAT車も設定された。そのスタイリッシュなシルエットが好評で迎えられ、やがて対米輸出も行われた。
  • 1971年3月 ハードトップはマイナーチェンジで丸型4灯ライトへ。
  • 1971年9月 セダンのマイナーチェンジ/排気量アップで14L(4G33)/16L(4G32)へ/インパネのデザイン変更/AIIカスタムL→16L GL・AIスポーツ→14L SLに改称。
  • 1972年9月 16L GS-5(5速MT)と14L・GLを追加。
  • 1973年1月 ハードトップGSは17L(4G34・1700cc)へ。
  • 1973年3月 セダン16L MCA(50年排出ガス規制対応)追加。

2代目(1973年-1976年)
  • 1973年6月登場。“コルトギャラン”から“ギャラン”となる。通称も“ニューギャラン”。ボディ形状は4ドアセダンと2ドアハードトップの2種。のちにエステートと称するライトバンも登場する。

エンジンは16Lから引き継いだ1600ccサターン(4G32)と、17Lを排気量アップした1850ccおよび2000ccのアストロン2種(前者が4G51、後者が4G52)を搭載。1600には通常のガソリンエンジンの他、EMAOと称するサーマルリアクター付排気ガス対策仕様のCA-II(排気ガス規制自体には適合していなかった)、タクシー用LPG仕様の3種に細分化される。1850と2000にはシングルキャブとツインキャブがそれぞれ用意され、合計7種のエンジンラインナップがあった。

デザインは先代のイメージを引き継ぎつつも曲面を多用したものになり、ボディサイズも大幅に拡大。ホイールベースは先代と同じ数値(2,420mm)ながら同年2月に発売されたランサーとの住み分けから、居住性を重視した内容になっていた。足回りのセッティングもソフトにされた結果、先代にあった走りのイメージは大幅に薄れてしまった。ただし、当時流行した“インボルブメント・デザイン”は採用せず、セダン・ハードトップ共に後方視界が良かった。また、伝統のチルトステアリングのほかにランバーサポートを初採用し、適切なシートポジションが取れることをカタログや広告などで謳っていた。

しかし、デビュー当初からあまり話題に上らなかったため、売上は芳しいものではなかったが、発売直後に起こったオイルショックにより、ニューギャランの販売台数は壊滅的な打撃を受けた。

  • 1974年にはCA-IIが昭和50年排出ガス規制に適合、名称もMCAとなる。1975年には1600SL-5をベースに丸目2灯ヘッドランプ・サイドストライプを採用した、1600GT・SL-5(これが正式呼称である)をシリーズに加える。また、同年11月には主力モデルが昭和50年排出ガス規制を飛び越え、昭和51年排出ガス規制をクリアするなど、積極的な販売促進策を採るのだが、人気回復には至らず、1976年にギャラン?にモデルチェンジした。

3代目(1976年-1980年)
  • 1976年5月発売。「シグマ」のサブネームが付き、当時の国産車にはないヨーロピアン調デザインを意識したスタイリッシュな4ドアセダンとなる。エンジンは1600cc(サターン・4G32型SOHC)と1850cc(アストロン80・G51B型SOHC・サイレントシャフト付)と2000cc(アストロン80・G52B型SOHC・サイレントシャフト付)の3種類。
  • 1977年2月、一部改良。全車フェンダーミラーがタルボ型フェンダーミラーに統一。ツインキャブレター仕様の「1600GS」を除く1600シリーズがこれまでの4G32からサイレントシャフト付・タイミングゴムベルト駆動・MCA-JETシステム対応・昭和53年度排出ガス規制適合のG32Bに換装され、同時に最廉価グレードの名称が「1600カスタム」が「1600L」に改名される。これに伴い2000シリーズの「2000スーパーサルーン」および「2000GSR」のブレーキが4輪ディスクブレーキ化されホイールがそれぞれ13インチから14インチに大型化される。
  • 1977年8月、一部改良。エステートバンを追加。このエステートバンに搭載されるエンジンは普及グレードには4G32型が用意され最上級グレードの「2000スーパーエステート」にはG52Bが用意される。またセダンには新たに「2000GSLスーパー」と1600シリーズとしては最上級グレードとなる「1600SLスーパー」がそれぞれ追加。これと引き換えにセダンの1850シリーズ全車、および昭和53年度排出ガス規制をクリアする事ができなかったセダンの1600シリーズの「1600GS」がそれぞれ廃止される。セダン、エステートバンに関わらず2000シリーズが全てMCA-JETシステムに対応し昭和53年度排出ガス規制に適合。
  • 1978年3月、「2000GSR」の廃止。また、カープラザ店設置に伴い姉妹車のギャラン?エテルナ(1980年にエテルナ?に変更)発売。エクステリア上の相違点はオリジナルが丸形4灯シールドビーム式ヘッドランプに対し、こちらは異形角型2灯式ヘッドランプを採用している点などが挙げられる。
  • 1978年10月、マイナーチェンジ。全車にSAE規格の角形4灯式ヘッドランプが採用され、リアコンビネーションランプも大型化。フロントノーズがセミスラント化。「1600SLスーパー」および「2000GSL」以上の2000シリーズには衝撃吸収式の大型ウレタンバンパーが採用される。教習車仕様には、当時はスポーティな装備として一般的に認識されていたエンジン回転計(タコメーター)を標準で装備しており、クラッチ操作においてエンジン回転を目安にし易く初心者には好評であった。

なお、歴代のギャランシリーズで最も販売台数が多かったのはこの3代目である。


4代目(1980年-1984年)
  • 1980年5月、フルモデルチェンジ。人気の高かった先代の直線基調イメージを色濃く残しながらも、空力性能を向上したスラントノーズが特徴でもあった。スタイリングは先代モデルのテーマを継承しているが、クリーンでシンプルな面構成、フォグランプ内蔵のヘッドライトやスラントノーズと一体化されたチンスポイラーなど、先代同様に当時の欧州車の流行を取り入れたものでより洗練されている。エンジンは1600ccサターン80・86PS(G32B)、1800ccシリウス80・100PS(G62B)、2000ccアストロン80・110PS(G63B)、2300ccアストロンディーゼル・75PS(4D55)の設定で競合車種に三菱も合流し、競合車種にいち早く2300ccアストロンディーゼルターボ・95PS(4D55)を搭載しハイパワー化と省エネ時代に挑んだ。

当時のエンジンとしてはかなり強力なトルクを発生した2000ccガソリン車とディーゼルエンジン車のMTには、クラッチの繋がりをよりマイルドにする目的で、フルードカップリングが採用された。この為、シフトパターンは通常の5速パターンにATと同じPポジションが追加された特殊なものとなっている。 また電子技術の発展による装備品のクオリティもこのクラスでは考えられないものがありVELNAS(ベルナス)と呼ばれるドライブコンピュータ(ストップウォッチ・平均速度・燃費・燃料消費量が表示できた)・後席パワーリクライニングシート・リヤにボックス型スピーカを備えたカーコンポ・さらに最上級グレードの2000ロイヤルには本革シート装着車もあった。 タクシー仕様も設定され、エンジンは1800LPG(G62B)と2300ディーゼルの2種類。1984年まで生産。 ライトバン(車体は先代をキャリーオーバーし、フロント周辺のみ2代目と共通にしたもの)も設定され、1600ccにLとGL・2000ccスーパーエステートの3種類が設定。1985年2月に新型ミラージュ/ランサーバンに合流した。

  • 1980年11月、2000ガソリンターボ車追加。電子制御噴射装置の組み合わせで145PSまでパワーアップ。
  • 1981年4月、ターボ車(ガソリン・ディーゼル共に)AT車追加。
  • 1981年11月、マイナーチェンジ。バンパーガードを装着しリヤバンパーの中央にナンバープレートを移動。2000ccのガソリンエンジン車にECIターボ搭載車を拡大設定。
  • 1982年11月、新たに1800にスーパーサルーンターボとバックソナーを装備した1800GLサルーンAD登場。
  • 1983年9月、販売が不振だった為、僅か3年4ヶ月のモデルスパンでFF方式の新型ギャラン?にフルモデルチェンジ。ただしライトバン(1985年2月にミラージュ/ランサーバンと統合しFF化)とセダンのLPGエンジンの?のタクシー向けモデルは1984年10月まで継続生産された。

5代目(1983年-1990年、タクシー用は1984年-1999年)
  • 1983年8月 フルモデルチェンジ。駆動方式がFFに変更される。エンジンはG63B(T/C付)、G63B、G62B(T/C付)、G37Bの4種類で、グレードは17類別。G63Bには世界で初めてオートラッシュアジャスタを採用した。
  • 1984年2月 1800ディーゼルターボ(4D65型シリウスディーゼル搭載)と1600シリーズ追加。
  • 6月 2000スーパーエクシード追加。新開発の可変バルブ機構付G63B型シリウスDASH3×2(後に「サイクロンDASH3×2」に改名)SOHC4気筒12バルブインタークーラーターボエンジンを搭載し、最高出力は200馬力(グロス)。カー・グラフィック1984年8月号のテストデータによると、5速MTで0-400mは16.0秒、0-1000mは29.3秒、最高速度は207.7km/hで、当時の日産・スカイラインや日産・フェアレディZと直線ではほぼ互角である。ちなみにこのエンジンはスタリオンの2000GSR-Vにも同時搭載されている。
  • 10月 4ドアハードトップを追加。1990年まで製造され、後のディアマンテ/シグマへと繋がる。
  • 11月 セダンの2000cc全車にスーパーエクシードと同じ大型バンパーを装着。「ターボGSR-X」は「エクシードターボ」に改称。
  • 従来型で継続生産されていたLPGエンジンのタクシー仕様をフルモデルチェンジ。このモデルは1999年まで製造され、主に地方都市を中心に使われ、特に積雪地での需要が多かった。
  • 1985年 西ドイツゴールデンステアリング賞(2000cc以下部門)を受賞する。
  • ギャラン生産累計300万台達成を記念して、特別仕様車「EXE(イグゼ)」が登場。なお、EXEというネーミングは当時三菱自工社員であった篠塚建次郎が「ギャランで行くぜ」という駄洒落から名付けた。
  • 1986年2月 セダンのマイナーチェンジ。燃焼室の形状を大幅に見直した新開発のサイクロンエンジンのECIマルチに換装(1800ディーゼルターボ全車、2000スーパーエクシード、ハードトップ2000VRは除く)。
  • 10月 サイクロンV6 2000エンジン(6G71型)を搭載。これにより4気筒2000はターボ車のみの設定となる。同時にハードトップはフェイスリフト。
  • 1987年10月 新型ギャランの登場でセダンはV6 2000と1800LPGタクシー仕様のみとなる。ハードトップはそのまま継続。
  • 1988年2月 一部変更。ハードトップのターボ車はダッシュターボのみにするのと同時にハードトップ4気筒1800とダッシュターボVXエクストラ追加。一方、セダン(タクシー仕様を含む)はSAE規格の角形4灯ヘッドランプにリファインと同時にフロントグリル変更。また、ダッシュターボ車はこれまでの太径シングルエキゾーストパイプから細径デュアルエキゾーストパイプに変更。
  • 1989年5月 3ナンバーの税金が安くなったのを理由にハードトップにV6.3000のデュークが追加された。ディアマンテ登場までのつなぎ役でもあった。
  • 1990年5月 ディアマンテにバトンを渡す形でハードトップ生産終了。タクシー仕様は一部改良し、サイドドアビームのオプション設定。
  • 10月 シグマにバトンを渡す形でセダン2000ccV6車生産終了。1800ccのタクシー仕様のみとなる。
  • 1992年5月 一部改良。ハイマウントストップランプのオプション設定。
  • 1993年10月 一部改良。MMC→MITUBISHIロゴ変更及びエアコンの代替フロン使用。
  • 1999年12月 タクシー車市場撤退に伴い、デボネアと共にタクシー仕様を生産中止。これにより、ギャラン?は、23年7ヶ月の幕を閉じた。

6代目(1987年-1992年)

1987年登場。「E30系」は?のサブネームが取れ、2代目以来久々に単なる「ギャラン」の車名に(5代目?を1990年まで併売)。スリーダイヤのエンブレムが復活した(トランクリッドにはMMCのエンブレムも残っている)。G(グレ)、V(ヴィエント)、M(ミュウ)、4WD-V、と命名された4つのシリーズで構成されている。(『GALANT 商品技術説明資料』三菱自工、 1987年、7頁から引用)

トップグレードであるVR-4は、当時のハイテク装備(4VALVE、4WD、4WS、4IS、4ABS)を「ACTIVE FOUR」と呼称して装備し、「ランエボ」ことランサーエボリューションに継承された、4G63ターボエンジン(インタークーラ付)を搭載したスポーツセダン。初期205ps→中期220ps→後期240psとマイナーチェンジ毎にパワーアップし、当時(1980年代後半から90年代初頭)の国産車で屈指のパワー・高性能を誇った。マイナーチェンジ時に追加されたAT車は、小径T/Cをはじめとした異なるチューニングとなっており、最高出力は210psに抑えられている。世界ラリー選手権 (WRC) でも活躍し、ランサーエボリューション登場まで三菱のラリーウエポンかつ看板車種であった。

VR-4以外のラインアップには、2000DOHC16バルブ(4G63・140PS)・1800SOHC(4G37・ECI仕様94PS/エレクトロ キャブレタ仕様85PS)・1600SOHC(4G32・79PS)などがある。カープラザ店で販売される姉妹車のエテルナは5ドアハッチバックとなった。ちなみに、日本で売られていた5ドアのエテルナは、輸出市場ではギャランとして販売されていた。後に、日本では5ドアであることによって販売が不振になり、わずか1年で普通の3ボックスセダン「エテルナSAVA」に主役の座を明け渡すことになった。

マイナーチェンジ時に追加された「AMG」には、4G63NAエンジンをベースに、高速型中空カムシャフト、冷鍛製チタン合金リテーナ、ステム細軸化、ポート径拡大、ピストン変更、触媒排気抵抗低減、プレミアムガソリン仕様化などのチューニングを施し、さらに排気系の改良などが施された。このAMG専用エンジンは、NAという事もあってスペック上はVR-4に搭載されたT/C インタークーラ付仕様に及ばないものの、そのフィーリングは高く評価されている。また、このエンジンの各種パーツは、フォーミュラ・ミラージュにおいても使用された。また「VX-S」にはシリーズ唯一となる電子制御サスペンションを採用していた。

開発途中まで、先代ギャラン?の延長線上にあるエクステリアデザインであったが、社内コンペで「新鮮さに欠ける」との意見があがり、それまでインテリアを担当していた当時31歳の若手デザイナーが、急遽2ヶ月で仕上げて提案したモデルが採用された。非常にマッシブなスタイルであり、40代〜50代からは拒否反応が強く、半面でそれ以下の世代からは強い支持があったための採用と言われている。スタイリッシュな4ドアハードトップ全盛の中での高い全高、巨大なメーターをはじめとして内外装ともにアクの強く特徴的なデザインである半面、ダイヤル式空調やバー式ドアハンドル等、国産車においていち早い採用となったものも多い。

この6代目ギャラン発表に際し、スタイリングを中心とした開発過程を纏めて書籍として発売しており、当時の三菱自動車の強い意気込みが伺える。 メインセクションのS字断面スタイリング(三菱自工の定義ではオーガニックフォルム)は、その後の一部のアメリカ車などにも影響を与えた。ただし、この処理はギャラン以前に既にジョルジェット・ジウジアーロが1980年のショーモデル、「メドゥーサ」で用いている。

このギャランのデザインやメカニズムを基本とし、それ以降に発売されたミラージュやランサー、ミニカといった三菱車がフルモデルチェンジしていった点は、特筆すべき点である。

E39A型ギャランVR-4は1988年にグッドデザイン賞を受賞している。

  • 1987年10月 6代目ギャラン発表、同日よりFFシリーズ販売開始。
  • 1987年12月 「2.0DOHC TURBO VR-4」「2.0DOHC VX-4」販売開始。同時にCMSC系クラブと一部有力ショップに、ラリー専用モデルとして「2.0DOHC TURBO VR-4 R」を100台限定でデリバリ。スペック的にはVR-4 RS(翌年発売)と同等である。第8回日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。
  • 1988年3月 日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞を記念して、ビスカスLSD、ブロンズガラス、記念エンブレム等を装備し、専用ボディーカラー(セルビアブラック)とした「VR-4 カー・オブ・ザ・イヤー特別仕様」を発売。また1800ターボディーゼル(4D65)を搭載した「1.8D TURBO MF」「1.8D TURBO GE」と、モータースポーツ用のベース車として装備を簡略化した「2.0DOHC TURBO VR-4 RS」を追加。
  • 1988年10月 一部改良。塗色の追加、設定及び装備の見直し。2.0DOHC VXをベースに装備を充実、外観をVR-4と同一のエアロバンパ等を装備した「2.0DOHC VX-S」、1.8ECIエンジン搭載の4WD「1.8i MS-4」「1.8i GS-4」を追加。
  • 1989年4月 1.8LモデルにDOHCエンジン(4G67)を搭載した「1.8DOHC Viento(ヴィエント)」「1.8DOHC MU EXTRA」、1.8 GFをベースに装備を充実させた「1.8 GF EXTRA」を追加。
  • 1989年10月 全車マイナーチェンジを実施。バンパー組み込みフォグランプ付き大型バンパーを廉価モデル(1.6G 1.6GE 1.8D TURBO GE)を除き採用。VR-4にAT車を追加。(210PS)。VR-4のMT車は220PSにパワーアップ。2.0DOHC車(4G63NA)は145psにパワーアップ。1.8i MSはエンジンをSOHC・ECIマルチ(4G37)からDOHC(4G67)に変更。4G63のNA仕様にAMGによるチューニングを施し、専用トランスミッション、専用内外装とした「2.0DOHC AMG」を追加。
  • 1990年1月 1989年WRC RACラリー総合優勝を記念して、本革スポーツシート、シースルーヘッドレスト等を装備して、専用ボディーカラー(オニキスブラック)とした「2.0DOHC TURBO SUPER VR-4」を発売。
  • 1990年4月 1.8i MS-4/1.8i GS-4にAT車を追加。
  • 1990年10月 一部改良。VR-4の5MT車は240PSにパワーアップ。タービンの変更、インタークーラーの大型化等各種変更が行われている。なお、ボンネット上にエアアウトレットが装着されているが、市販車は穴に裏から板を当てて埋めており、飾りである。ラリー車で活用させるために設計されたと考えられる。2.0DOHC車(4G63NA)はハイオク仕様となり160psにパワーアップ。全車にサイドドアビームを標準装備。上級グレードにキーレスエントリ、運転席パワーシートを設定。
  • 1990年10月 ビスカスLSD、サンルーフ、専用デカール等を装備し、専用ボディカラー(オニキスブラック)とした「2.0DOHC TURBO VR-4 モンテカルロ」を発売。
  • 1991年1月 AMGチューンのエンジンとAMGデザインのアルミホイールはそのままにエクステリアをVR-4と同じものとして値段を下げた「2.0 DOHC AMGタイプII」と、1.8 MF/1.8DOHC MU EXTRAをベースに装備のグレードアップを図った「1.8 MU EXCEED」「1.8DOHC Viento EXCEED」を追加。
  • 1991年6月 1.8 MU EXCEED/1.8DOHC Viento EXCEEDにオートエアコンを追加し、その他装備を見直して価格を引き下げた「1.8 EXE」「1.8DOHC EXE」と、4WS付きのE39A VR-4RSをベースに、AMGと同じシュロスシルバー色に塗られ、パワーウインドウやオートエアコン、電動リアスポイラーを装備した、「VR-4 Armed By RALLIART」を発売。

7代目(1992年-1996年)
  • 1992年5月登場の「E5,E6,E7,E8系」ギャランは「E30系」から一転して丸みを帯びた3ナンバーボディに新開発の6A系のV6エンジンを(V6SOHC24バルブが1.8L6A11型135馬力と2.0L6A12型145馬力 6A12型V6DOHC24バルブがNA仕様170馬力とVR-4専用のターボ仕様)主力として採用し、他に1.8L4気筒と2000ターボディーゼルがありV6エンジンのATにはファジイ制御を取り入れるなど電子制御満載であった。

VR-4は6A12ツインターボのV6 2LエンジンでMT車240ps、AT車215psとなった。

  • 1993年10月 一部変更。トランクリッド左側のロゴがMMC→MITSUBISHIとなる。1800cc4気筒に省燃費仕様のMVV・2000ccV6MIVECエンジン(200PS)搭載のVX-Rを追加。
  • 1994年1月 買い得価格の1800EXEを追加。
  • 1994年9月 RV風5ドアハッチバックのギャランスポーツ登場。ヨーロッパ輸出用ギャラン5ドアに、RV風の装飾を施したモデルであり、GTの走りとRVの遊び心を併せ持つ。エンジンはV6 2000(6A12)でターボ付きの「スポーツGT」(MTは240PS ATは215PS)と、NAの「スポーツ」(SOHC145PS)の二種類。屋根上のルーフレールと大型トランクスポイラーが印象的。GTには大型のバンパーガードも装備されていた。当時、ステーションワゴンがブームであり、特に2000ccターボエンジン搭載のスバル・レガシィGTは大ヒット作となった。しかし当時の三菱のラインナップにはミドルクラスのワゴンが存在しておらず、またワゴンにスポーティなエンジンを搭載してなかったことから販売面で苦戦していた。そこで輸出用のギャラン5ドアをベースに三菱お得意のRVオーラを与えた外観に仕立て、「ワゴン風味」としたのが当モデルである。
  • 1994年10月 マイナーチェンジ。4気筒DOHC車を追加。
  • 1995年5月には限定生産で25周年記念特別仕様車のヴィエントツーリングが追加された。

姉妹車としてカープラザ店向けにエテルナ、ハードトップのエメロードが設定されていた。また海外では、クライスラーブランドのシーラスやセブリング(初代)、ダッジブランドのストラタスやアベンジャー(初代)とのプラットフォームが共有されていた。6代目とは異なり、ギャランとエテルナでスタイリング面で完全に独立したモデルとされた。しかし、前モデルのマッシブなスタイリングが女性に不評だったとのマーケティングの結果と、空力追求のためのキャビン縮小から、没個性的で中庸なデザインとなり、また、無意味に肥大化した車体などもあって商業的には失敗に終わる。それまで設定されていた教習車仕様も3ナンバーサイズに拡大されたことで1クラス下のランサーに輸出仕様の大型バンパーを装着して全長を伸ばしギャラン/ギャラン?の代替をおこなった。


8代目(1996年-2005年)
  • 1996年8月登場。「EA/EC」系は、世界で初めて量産車にガソリン直噴エンジンのGDIを搭載したVR-G/Viento系(1.8L)とスポーツセダングレードのVR-4を設定。VR-4は280ps(ATは260ps)を発揮する2.5L V6ツインターボ(6A13)を搭載。AYC、ASC等の先進技術が投入された。「E30系」を彷彿とさせるデザインで、フロントコーナーを斜めに切り落としたような「ダイアモンドノーズカット」を採用した。1996年のカーオブザイヤーを受賞した。

他に、ステーションワゴン版となるレグナム、カープラザ店向けの姉妹車アスパイア(エテルナ→カリスマの後継車)が存在したが、レグナムは2002年8月に、アスパイアは2003年3月に廃止された。

同車には警察の捜査車両向けにスチールホイールや黒色ドアノブ&ミラーなど装備の質を落としたVE(受注生産)も存在する。当初は警察専用だったが後に市販された。登場初期で導入されたためにトラブルが続出し、リコール隠しも発覚したために、これ以来三菱車が国費で大量導入されることはなくなった。また、警察の高速隊には一部VR-4を導入しているが全国で10台程度と非常に少ない。

  • 1998年8月、マイナーチェンジ。外装はフロントグリル、パンパー、ボンネット、テールランプの意匠を小変更。

内装ではシート地やメーターパネル内のGDIエコランプなどが変更された。2.4L DOHC GDIの「24 Viento」追加。「VR-4」のATを280psにパワーアップ。

  • 2000年5月、一部改良。1.8Lシリーズを2Lに換装し、「平成12年排出ガス規制」に適合。ボディーも強化され側面衝突性能を向上。

一部グレードにチタン調センターコンソールパネルを採用。

  • 2002年9月、「VR-4」が廃止され2L DOHCに一本化。スポーツセダンとしてのギャランはここで一旦幕を閉じた。

同時にヴィエントのアルミホイールを16インチに拡大。リアにもディクスブレーキを採用。

  • 2005年6月15日、折からのセダン型乗用車需要の低迷を理由に、日本における中大型セダン市場からの撤退を決定、同年12月にディアマンテと共に国内販売を終了。国内市場では36年の歴史に一旦幕を降ろす事になるが、2年後の2007年8月23日にギャランフォルティスとして復活する事になる。
参照 : フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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